島根県弁護士会は、弁護士に対して一定の取引に関し「疑わしい取引」を警察庁に報告する義務を課す、いわゆる「ゲートキーパー立法」に強く反対する。

  1.  2003年6月、FATF(国際的なテロ資金対策に係る取組みである「金融活動作業部会」の略称)は、マネーロンダリング及びテロ資金対策を目的として、金融機関のみならず弁護士等に対しても、不動産売買等一定の取引に関して「門番」(gatekeeper)と位置づけ、資金が犯罪収益またはテロ関連であることが「疑わしい取引」を金融情報機関に報告する義務を課すことを勧告した。
      この勧告を受けて、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は、2004年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中でFATF勧告の完全実施を決定した。
      さらに、政府は、2005年11月17日、FATF勧告実施のための法律整備に関し、金融情報機関を、もともとは金融庁であったところ警察庁に変更することを決定した。
  2.  そもそも、弁護士に依頼者の取引に関する報告義務を立法によって強制すること自体、弁護士の依頼者に対する守秘義務を侵し、弁護士制度の根幹をゆるがすものとして到底認めがたいところである。
     弁護士の守秘義務は、依頼者の人権と法的利益を擁護するために不可欠な制度である。弁護士に相談または依頼する者は、秘密が守られるからこそ、弁護士を信頼し、全ての事情を弁護士に対して説明することができるのである。報告義務制度が導入されれば、弁護士は自らの依頼者を密告するような不本意な行動を強いられる一方、依頼者は、重要な事実を弁護士に話せなくなり、弁護士と依頼者との基本的な信頼関係は破壊され、ひいては、弁護士が依頼者の人権や正当な利益を擁護することも不可能となる。
      また、「疑わしい取引」という不明確な要件の下では、誤った通報により、依頼者に経済的な損失をもたらす可能性も否定できない。
     秘密が守られないために依頼者が安心して全ての事実を説明することができないということになれば、弁護士は事実関係の全容を把握できず、法律を遵守するための適切な助言や弁護活動をも行うことができなくなる。その結果、かえって、依頼者等による違法な行為を招くことにもなりかねない。
  3.  特に、金融情報機関を警察庁とし、警察庁に対する報告を義務づけることになれば、弁護士・弁護士会の存立基盤である国家権力からの独立を危うくするおそれが極めて高い。すなわち、報告義務の名の下に、捜査機関に対する情報提供が強制されることになれば、弁護士・弁護士会は、国家権力から独立し、これと拮抗してでも、人権の擁護と社会正義の実現に努めるべき本来の職責を果たすことができなくなるおそれがある。
      一旦、捜査機関に情報が提供されれば、マネーロンダリングやテロ資金対策に限定されず、それ以外の犯罪についての捜査の端緒や捜査中の事件に関する情報として、警察内部で流用されないとの保証はない。
      一般市民からは、弁護士は依頼者の秘密を捜査機関に提供する捜査機関の手先と見られることとなり、弁護士・弁護士会に対する国民の信頼は、根底から覆されてしまう。
  4.  警察庁に対する報告義務を課すことによってもたらされる上記のような事態は、弁護士の国家権力からの独立を保障した上で国民の適切な弁護を受ける権利を保障しようとする弁護士制度の根幹をゆるがすものである。

 よって、島根県弁護士会は、人権擁護と社会正義実現の観点から、このような「ゲートキーパー立法」に強く反対するものである。

2006年2月9日
島根県弁護士会
会長 吾郷 計宜