本年2月14日、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(略称「マイナンバー法」)案が、国会に提出された。マイナンバー法案は、民主党、自民党、公明党の3党で大筋合意されたとの報道があり、近時、成立することが予想される。

  マイナンバー法とは、政府によると、全ての国民と外国人住民に対して、社会保障と税の分野で共通に利用する識別番号(マイナンバー)を付けて、これらの分野の個人データを、情報提供ネットワークシステムを通じて確実に名寄せ・統合(データマッチング)することを可能にする制度(社会保障・税共通番号制度)を創設する法律である。

 しかし、マイナンバー法については、以下で述べる種々の問題点がある。

 まず、現代社会において極めて重要な基本的人権であるプライバシー権(自己情報コントロール権)の核心的内容は、情報主体の「事前の同意」による情報コントロール権であり、情報コントロール権の前提は情報主体による情報利用の認識、認容が必要である。しかし、マイナンバー法について、平成23年3月におこなわれた政府の調査によれば、国民の8割以上が公表されているマイナンバー法の内容を理解していないとの結果が示された。それにもかかわらず、マイナンバー法を施行しようとすることは政府が個人情報の利活用の推進を優先し、情報コントロール権をないがしろにしているに等しいと言える。

 また、「マイナンバー」に含まれる個人情報は、私生活のさまざまな分野におよび、中には病歴など他人に知られたくない情報も含まれることになるところ、このような情報が「名寄せ・統合」され、一元的に管理される。しかし、当該管理に瑕疵があり、それにより情報が流出するようなことになれば、大きなプライバシー侵害が発生するとともに、いわゆる「なりすまし」による被害が発生する危険も高まり、最終的には回復不能の損害を生じさせる危険性を内在している。

 そして、上記リスク管理のためには高度な情報セキュリティーを施すことが必要であるにもかかわらず、現在、サイバー攻撃などから完全に防御できるシステムが構築されたということは確認できていない。また、仮に、サイバー攻撃などから完全に防御できるシステムが構築されていたとしても、その構築費用は莫大になると予想されるところ、政府は、構築費用が最終的にいったいいくらかかるのかについても、法案が衆議院を通過した現時点においても、明らかにしていない。このように、リスク管理の検討が極めて不十分であり、上記リスクを排除する実効性にも乏しい。

 さらに、政府は、マイナンバー法を「正確な所得捕捉」と「税と社会保障一体改革」のために必要だと説明してきたが、本年6月15日に成立した民主党、自民党、公明党の3党でした「税と社会保障の一体改革」の修正合意では税制に関しては、消費税増税を先行させ、所得税・相続税等の累進課税強化は今後の検討課題として先送りされることにより、「社会保障の充実」と「公平な税制の実現」という目的や理念の骨格自体が揺らいでいるといってよい。そもそも「マイナンバー」を導入しても「正確な所得の捕捉」が非現実的であることは、昨年6月30日に発表された「社会保障・税番号大綱」で政府自らが認めるところである。このように、一体改革のために共通番号制が必要だという根拠自体が失われてしまっている。

 したがって、当会は、現時点においてのマイナンバー法の制定に反対であり、法案が国会で決議されないよう強く求める。

2012(平成24)年8月27日

島根県弁護士会
会長 水野 彰子