1.  「個人情報の保護に関する法律案(以下「個人情報保護法案」という)」は、現在衆議院において審議中である。 本法案に対しては、本年5月24日、日本弁護士連合会会長が反対の声明を出しているところ、そこにおいて指摘された表現の自由に対する侵害の危険性は依然払拭されないままである。
     高度情報化社会が進展する中、個人情報を保護する法制が必要であることは言うまでもない。しかしながら、本法律案は、民間事業者一般に対し具体的義務を課した上、個人情報保護のための独立した機関をおかず、主務大臣に助言、勧告、命令等の権限を持たせ、命令違反には罰則を設けており、個人情報保護の名の下に、公権力が表現の自由に関し必要以上の規制を可能ならしめるシステムを有している。マスコミ及び事業者(国民)に対する広範な介入を許容しているのである。さらに、本法律の運用者は政府であるところ、防衛庁の情報公開請求者リスト問題や様々な隠蔽事件で明らかになったとおり、秘密主義かつ個人情報の保護をないがしろにする政府に表現の自由と個人情報保護の調整を任せるわけにはいかない。
  2.  また、今年3月に国会に提案された「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律案」は、公的部門の個人情報において住民票コードによる名寄せを容認し、実質的な規制を放棄している。個人情報の取り扱いにおける官尊民卑を表しているのであり、到底許容することはできない。
     以上のとおり、両法案には看過できない重大な問題がある。小手先の若干の修正ではおよそ解決しうるものではなく、反対せざるを得ない。高度情報化社会における実効的な個人情報保護については、上記問題を解決しながら改めて検討すべきである。
  3.  他方、住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)は、1999年8月に住民基本台帳法の改正により導入が決まった。住基ネットは国民すべてに11桁の番号を付し、全国的なコンピュータネットワークによって一元管理しようとするものである。特定の個人の情報の名寄せを技術的に容易にするシステムであり、それ故、プライバシー侵害の危険性が非常に高い制度でもある。
     行政機関の職員に対し、個人情報の取扱について、より高度の注意義務を課し、かつ、実行せしめることが当該システム運用の前提であり、時の政府も国会審議において、個人情報保護法制の整備を確約し、住民基本台帳法改正法付則にも同趣旨が掲げられている。
  4.  かように個人情報保護法案等は、住民基本台帳法改正法施行に先立って個人情報保護法制を整備する必要があるために策定されたものである。しかしながら、先に述べたとおり両法案には重大な問題点があり、成立させるべきではない。このため、本年8月に予定されている住基ネットの実施も延期すべきである。
     日本弁護士連合会が行った地方自治体に対するアンケート結果によると、住基ネットの8月稼働には、調査した自治体の7割強が否定・懐疑的な意見を有している。また、6月12日に東京都国分寺市が首長としては全国で初めて実施時期の再考を求める要望書を総務省に提出し、7月10日には横浜市長が政令市で初めて住基ネット延期要望書を総務省に提出している。7月12日には、民主、自由、共産、社民の四党が住基ネット導入を延期するため、住民基本台帳法改正案を衆議院に提出してもいる。
     かような状況下、8月5日からの実施を強行した場合、収拾のつかない混乱が生じることは必至である。住基ネットの実施は延期すべきである。

2002年7月17日
島根県弁護士会
会長  岡崎 由美子