死刑制度の廃止に向けた取り組みを求める決議

 

決議の趣旨

 当会は,死刑制度は廃止されるべきであるとの立場を明らかにし,政府に対し, 死刑制度を廃止することに向けた取り組みを直ちに開始することを求めるとともに,死刑制度が廃止されるまでの間,死刑執行を停止することを求める。

 

決議の理由

1 死刑は生命を剥奪する非人道的な刑罰である。

 まず,死刑とは,生命を剥奪するという刑罰であり,重大かつ深刻な人権侵害であることに目を向けるべきである。

 すなわち,生命は,日本国憲法において「侵すことができない永久の権利」とされる基本的人権の核であり,かつ,基本的人権を享有する人の根源そのものである。

 そして,死刑は,個人尊重の立場に立つ日本国憲法において至高の法益である生命を剥奪してしまう非人道的な刑罰であることを,何よりも強く認識しなければならないのである。

 

2 誤判・えん罪による死刑の現実的危険性がある

 死刑は,最も基本的な人権である生命に対する権利を剥奪する究極の刑罰であり,ひとたび執行されてしまえば,誤判に基づき死刑判決がなされた場合には,取り返しがつかない。

 いわゆる免田事件,財田川事件,松山事件及び島田事件という4つの死刑確定事件に対する再審無罪判決,また,いわゆる足利事件及び布川事件という無期懲役刑確定事件に対する再審無罪判決が示すとおり,死刑判決を含む重大事件においても誤判の現実的危険性が存在することは客観的な事実である。

 更に,2014(平成26)年3月27日には,静岡地方裁判所が袴田巖氏の第2次再審請求事件について,再審を開始し,死刑及び拘置の執行を停止する決定をした。同決定のうち再審の開始は東京高等裁判所で取り消されたものの特別抗告審にて係属中であり,いわゆる袴田事件の再審開始決定がなされたことは,死刑確定事件であってもえん罪の疑いの強い事件が,現在でも,なお,存在することを一層明らかにしている。

 また,飯塚事件では,再審無罪となった足利事件と同時期に同じ方法で行われたDNA鑑定が有罪の有力な証拠とされて死刑が確定し,2008(平成20)年10月に執行されてしまった。現在,死後再審請求が行われているが,えん罪による執行の可能性がある。

 そして,犯人性の誤判のみならず,量刑に関わる判断の誤りも,死刑事件においては重大である。

 近年,裁判員裁判での死刑判決が上級審で覆った事例が3件生じた。この3件について控訴されていなかったならば,死刑判決が確定し,その後の執行で生命が奪われていたことになる。ほかにも,いわゆる「闇サイト殺人事件」では,共同被告人3人のうち,2人について第一審では死刑であったが,死刑となった1人は控訴審で死刑が破棄され無期懲役とされたのに対し,もう1人は控訴の取下げにより死刑が確定した。これらの事件の存在は,量刑面で誤った判断に基づく判決のまま命が奪われる可能性があり得ることを示すものである。

 現実の裁判の中で,誤判・えん罪をなくす努力を全力で行うことは当然のことではあるが,裁判は人間が行うものである以上,誤判・えん罪(量刑の誤判を含む。)が起きてしまう危険性を完全に排除することはできない。そして,他の刑罰が奪う利益と異なり,死刑は生命という全ての利益の帰属主体そのものの存在を滅却するのであるから,取り返しがつかず,他の刑罰とは本質的に異なるものである。無実の者や不当に死刑判決を受けた者が国家刑罰権の名の下に生命を奪われることは,取り返しのつかない人権侵害であり,絶対にあってはならないのである。

 

3 死刑廃止は国際的趨勢である

 死刑の廃止は国際的な趨勢であり,世界で死刑を廃止又は停止している国は142か国に上っている。いわゆる先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)加盟国(35か国)の中で死刑制度を存置している国は,日本・韓国・米国の3か国のみであるが,韓国は事実上の死刑廃止国であり,米国の多くの州は死刑を廃止ないし死刑の執行停止が宣言されており,死刑を国家として統一して執行しているのは日本のみである。こうした状況を受け,国際人権(自由権)規約委員会は,2014(平成26)年7月24日,日本政府に対し,死刑の廃止について十分に考慮すること等を勧告している。

 そして,2016(平成28)年12月19日,国連総会において,全ての死刑存置国に対し,「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が国連加盟国193か国のうち117か国の賛成多数で採択されている。

 このように,死刑制度を残し,現実に死刑を執行している国は,世界の中で例外的な存在となっている。

 

4 国民世論について

 2019(令和元)年11月に実施された死刑制度に関する政府の世論調査の結果,「死刑もやむを得ない」との回答者が80.8%を占めたものの,そのうち39.9%は「状況が変われば,将来的には,死刑を廃止してもよい」としており,将来的にも死刑を廃止しないとする意見は,全体の44.0%であり,将来も死刑存置の意見に賛成する国民と,死刑廃止または廃止の可能性を認める国民は拮抗する状況にある。また,死刑に代わる代替刑(世論調査の設問では仮釈放のない終身刑)が新たに導入されるならば死刑を廃止する方がよいとする回答は全体の35.1%に上り,死刑に代わる代替刑の在り方如何によっては死刑制度に対する国民の支持は大きく変化すると考えられ,必ずしも国民世論の圧倒的多数が積極的に死刑に賛成しているとはいえない。

 そもそも,死刑廃止は人権の問題であり,世論だけで決めるべき問題ではない。世界の死刑廃止国の多くも,犯罪者といえども生命を奪うことは人権尊重の観点から許されないとの決意から,世論の多数を待たずに死刑廃止に踏み切った経緯がある。

 

5 死刑の犯罪抑止力は科学的に証明されていない

 死刑制度存置論の中には,死刑制度が他の刑罰に比べて犯罪に対する抑止効果が認められるので,死刑制度を廃止すると凶悪犯罪が増加し治安が悪化するとの意見がある。

 しかし,そのような犯罪抑止力を疑問の余地なく実証した研究はない。米国では,死刑廃止地域より存置地域のほうが,殺人発生率が著しく高いとのデータも示されており,むしろ死刑の犯罪抑止力に疑問を示している研究も多い。

 犯罪の抑止は,犯罪原因の研究と予防対策を総合的・科学的に行うことによって目指すべきであり,他の刑罰に比べて死刑に犯罪抑止力があることが科学的に証明されていないのであるから,犯罪抑止力を根拠に死刑を存続させるべきであるとはいえない。

 

6 犯罪被害者・遺族らの支援及び被害感情について

 犯罪により奪われた命は二度と戻ることはない。こうした犯罪は決して許されず,犯罪により命を奪われた被害者の無念,そして,犯罪により大切な人を失った遺族らの悲しみと苦痛は想像を絶するものであり,遺族らが罪を犯したものに対して極刑を望むことは当然の心情である。

 また,言うまでもなく,犯罪を未然に防ぐことは刑事司法だけでなく,教育や福祉を含めた社会全体で取り組むべき問題である。そして,遺族を含む犯罪被害者に対しては,被害を受けたときから必要な精神的・経済的支援,さまざまな法的支援が講じられるべきであり,十分な支援を行うことは,当会を含めた社会全体の責務である。

 私たちは,犯罪被害者・遺族の支援に取り組むとともに,犯罪被害者・遺族らの被害感情に常に寄り添い,社会全体として支援する必要がある。

 しかしながら,こうした被害者や遺族に対する支援を充実させるべきことと,死刑制度を廃止することは矛盾しない別個の重要な課題であり,分けて考えるべきである。

 罪を犯した人を処罰するについて,刑種の選択と量刑の決定にあたり,犯罪被害者・遺族らの感情を考慮するとしても,それを決定的な要素とすることはできない。とりわけ死刑は,他の刑罰とは本質的に異なる,生命を剥奪する刑罰であって,誤判・えん罪があった場合に取り返しのつかない重大かつ深刻な人権侵害の問題である。死刑が究極の人権侵害である以上,犯罪被害者・遺族らの処罰感情を根拠に死刑制度の存置を正当化することはできないのである。

 

7 死刑制度は罪を犯した人の社会復帰を追求する共生社会と相容れない

 生まれながらの犯罪者はおらず,犯罪者となってしまった人の多くは,家庭,経済,教育,地域等における様々の環境や差別が一因となって犯罪に至っている。

 そして,人は,時に人間性を失い残酷な罪を犯すことがあっても,罪を悔いて変わり得る存在であることも,私たち弁護士は刑事弁護の実践において日々痛感するところである。

 このように考えたとき,刑罰制度は,犯罪への応報であることにとどまらず,罪を犯した人を人間として尊重することを基本とし,その人間性の回復と,自由な社会への社会復帰と社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の達成に資するものでなければならない。

 私たちが目指すべきは罪を犯した人の更生の道を完全に閉ざすことなく,処遇や更生制度を抜本的に改革し,福祉の連携を図り,すべての人が人間として尊厳を持って共生できる社会である。

 

8 日本弁護士連合会,中国地方弁護士会連合会,当会の取り組み

 日本弁護士連合会は,2011(平成23)年10月7日,高松市で開催された第54回人権擁護大会において,「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め,死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」(以下「高松宣言」という。)を採択した。高松宣言は,死刑が,かけがえのない生命を奪う非人道的な刑罰であることに加え,罪を犯した人の更生と社会復帰の観点から見たとき,更生し社会復帰する可能性を完全に奪うという問題点を内包していることや,裁判は常に誤判の危険をはらんでおり,死刑判決が誤判であった場合にこれが執行されてしまうと取り返しがつかないこと等を理由として,(1)死刑の無い社会が望ましいことを見据え,死刑廃止についての全社会的議論を直ちに開始し,その議論の間,死刑の執行を停止すること,(2)議論のため死刑執行の基準・手続・方法等死刑制度に関する情報を広く公開すること,(3)特に犯罪時20歳未満の少年に対する死刑の適用は速やかに廃止することを検討すること,(4)死刑廃止についての全社会的議論がなされる間,死刑判決の全員一致制・死刑判決に対する自動上訴制・死刑判決を求める検察官上訴の禁止等に直ちに着手し,死刑に直面している者に対し,被疑者・被告人段階,再審請求段階,執行段階のいずれにおいても十分な弁護権・防御権を保障し,かつ死刑確定者の処遇を改善することを求めるものである。

 高松宣言を実現するために,日本弁護士連合会は,全弁護士会から委員の参加を得て,死刑廃止検討委員会を設置し,法務大臣に対して死刑執行の停止を要請する活動,国会議員・法務省幹部・EU関係者・マスコミ関係者・宗教界との意見交換,海外調査,政府の世論調査に対する同連合会意見書の公表,死刑廃止について考えるためのシンポジウム等の開催,市民向けパンフレットの発行等の活動を重ねている。

 そして,日本弁護士連合会は,2016(平成28)年10月7日,福井市で開催された第59回人権擁護大会において,「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」(以下「福井宣言」という。)を採択した。福井宣言は,(1)我が国において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであること,(2)死刑を廃止するに際して,死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討すること,代替刑としては,刑の言渡し時には「仮釈放の可能性がない終身刑制度」,あるいは,現行の無期刑が仮釈放の開始時期を10年としている要件を加重し,仮釈放の開始時期を20年,25年等に延ばす「重無期刑制度」の導入を検討すること,ただし,終身刑を導入する場合も,時間の経過によって本人の更生が進んだときには,裁判所等の新たな判断による「無期刑への減刑」や恩赦等の適用による「刑の変更」を可能とする制度設計が検討されるべきであることとを求めるものである。

 福井宣言を実現するために,日本弁護士連合会は,2017(平成29)年6月に「死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部」を設置し,死刑制度の廃止に向けた活動を継続している。

 また,中国地方弁護士会連合会は,死刑廃止等を検討する委員会を設置し,中国地方の全ての県で「死刑を考える日」と題する市民シンポジウムを開催したほか,会員向け勉強会を実施し,弁護士のみならず広く一般市民に向けて,死刑制度についての社会的議論のための情報発信を行い続けている。

 そして,中国地方弁護士会連合会は,2019(令和元)年11月1日,岡山市で開催された第73回中国地方弁護士大会において,「死刑制度の廃止を求める決議」を採択した。

 当会も,2014(平成26)年11月29日,松江市において,袴田巌氏・秀子氏を招いて「死刑を考える日~袴田再審事件を通して~」と題する市民シンポジウムを開催した。同シンポジウムは多数の一般市民が参加し,多くのマスコミに報道され,袴田事件に対する一般市民の関心の高さを示すものであった。そして,平成30年10月29日,同年11月30日及び平成31年2月8日に,死刑制度に関する当会会員対象の勉強会を開催し,死刑制度の是非について議論を重ね,また繰り返される死刑執行に対してその都度「死刑に関する会長声明」を発表してきたところである。

 

 死刑が,最も基本的かつ重要な人権である生命に対する権利を奪うものであること,裁判は常に誤判・えん罪の危険を内在しており,無実の者が生命を奪われる具体的危険性があること,罪を犯した人の更生と社会復帰の可能性を完全に奪うことなどを踏まえ,私たちは死刑の無い社会が望ましいと考える。

 当会は,ここに死刑制度は廃止されるべきであるとの立場を明らかにし,政府に対し,死刑に関する情報を広く国民に公開し,死刑制度を廃止した場合の代替刑の在り方についての議論を含め,死刑制度を廃止することに向けた取り組みを直ちに開始することを求めるとともに,死刑制度が廃止されるまでの間,死刑執行を停止するよう,強く求めるものである。

 

以上,決議する。

 

                      2020(令和2)年2月7日

                             島根県弁護士会