2019(令和元)年12月26日,福岡拘置所において1名の死刑確定者に対して死刑が執行された。今回の死刑執行は,2019(令和元)年10月に就任した森まさこ法務大臣による初の死刑執行であり,第2次安倍内閣以降,死刑が執行されたのは17回目で,合わせて39名になる。

 死刑は,最も基本的な人権である生命に対する権利を剥奪する究極の刑罰であり,ひとたび執行されてしまえば,誤判に基づき死刑判決がなされた場合には,取り返しがつかない。

 いわゆる免田事件,財田川事件,松山事件及び島田事件という4つの死刑確定事件に対する再審無罪判決,また,いわゆる足利事件及び布川事件という無期懲役刑確定事件に対する再審無罪判決が示すとおり,死刑判決を含む重大事件においても誤判の現実的危険性が存在することは客観的な事実である。

 更に,2014(平成26)年3月27日には,静岡地方裁判所が袴田巖氏の第2次再審請求事件について,再審を開始し,死刑及び拘置の執行を停止する決定をした。同決定のうち再審の開始は東京高等裁判所で取り消されたものの特別抗告審にて係属中であり,いわゆる袴田事件の再審開始決定がなされたことは,死刑確定事件であってもえん罪の疑いの強い事件が,現在でも,なお,存在することを一層明らかにしている。

 死刑の廃止は国際的な趨勢であり,世界で死刑を廃止又は停止している国は142か国に上っている。いわゆる先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)加盟国(36か国)の中で死刑制度を存置している国は,日本・韓国・米国の3か国のみであるが,韓国は事実上の死刑廃止国であり,米国の多くの州は死刑を廃止ないし死刑の執行停止が宣言されており,死刑を国家として統一して執行しているのは日本のみである。こうした状況を受け,国際人権(自由権)規約委員会は,2014(平成26)年7月24日,日本政府に対し,死刑の廃止について十分に考慮すること等を勧告している。

 そして,2018(平成30)年12月7日,国連総会本会議において,全ての死刑存置国に対し「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が史上最多の121か国の支持を得て可決されている。

 2019(令和元)年11月に実施された死刑制度に関する政府の世論調査の結果,「死刑もやむを得ない」との回答者が80.8%を占めたものの,そのうち39.9%は「状況が変われば,将来的には,死刑を廃止してもよい」としており,将来的にも死刑を廃止しないとする意見は,全体の約44.0%であり,将来も死刑存置の意見に賛成する国民と,死刑廃止または廃止の可能性を認める国民は拮抗する状況にある。また,死刑に代わる代替刑(世論調査の設問では仮釈放のない終身刑)が新たに導入されるならば死刑を廃止する方がよいとする回答は全体の35.1%に上り,死刑に代わる代替刑の在り方如何によっては死刑制度に対する国民の支持は大きく変化すると考えられ,必ずしも国民世論の圧倒的多数が積極的に死刑に賛成しているとはいえない。

 そもそも,死刑廃止は人権の問題であり,世論だけで決めるべき問題ではない。世界の死刑廃止国の多くも,犯罪者といえども生命を奪うことは人権尊重の観点から許されないとの決意から,世論の多数を待たずに死刑廃止に踏み切った経緯がある。

 日本弁護士連合会は,2016(平成28)年10月7日,福井市で開催された第59回人権擁護大会において,「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し,その中で,2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであることを宣言した。

 そして当会は,死刑が,最も基本的かつ重要な人権である生命に対する権利を奪うものであること,裁判は常に誤判・えん罪の危険を内在しており,無実の者が生命を奪われる具体的危険性があること,罪を犯した人の更生と社会復帰の可能性を完全に奪うことなどを理由に,2020(令和2)年2月7日に開催した定期総会において,「死刑制度の廃止に向けた取り組みを求める決議」を採択し,政府に対し,(1)死刑制度を廃止することに向けた取り組みを直ちに開始すること(2)死刑制度が廃止されるまでの間,死刑執行を停止することを求めている。

 このような状況における死刑執行は極めて遺憾であり,当会としても到底容認することができない。

 当会は,政府に対し,今回の死刑執行に対し強く抗議するとともに,死刑に関する情報を広く国民に公開し,死刑制度を廃止した場合の代替刑の在り方についての議論を含め,死刑制度を廃止することに向けた取り組みを直ちに開始することを求めるとともに,死刑制度が廃止されるまでの間,死刑執行を停止するよう,強く求めるものである。

 

                       2020(令和2)年3月31日

                      島根県弁護士会 会長 鳥居 竜一