弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度は、市民の司法へのアクセスを抑制するおそれがあり、また裁判による人権保障機能及び法創造機能を損なうものであるから、当会はその導入に強く反対する。 

理由

  1.  司法制度改革の基本理念は、市民に開かれた、市民の利用しやすい司法の実現である。
     司法制度改革審議会意見書(以下、意見書という)は、市民の司法アクセスを促進・拡充するための制度として、弁護士報酬について、「勝訴しても弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地から、一定の要件の下に弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させることができる制度を導入すべきである」(弁護士報酬の敗訴者負担)としつつも、「この制度の設計に当たっては、上記の見地と反対に不当に訴えの提起を萎縮させないよう、これを一律に導入することなく、このような敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取扱いの在り方、敗訴者に負担させる場合に負担させるべき額の定め方等について検討すべきである。」と提言した。
  2.   これを受けて、現在、司法制度改革推進本部司法アクセス検討会において、弁護士報酬の敗訴者負担制度の取扱いについて、本格的な審議が開始されているが、意見書は、あくまで市民にとって司法へのアクセスを拡充するための制度として提言していることを踏まえ、法制化に向けての検討においては、裁判の現場、裁判の実情等を踏まえ、市民のアクセスが容易になるか否かの観点から十分な検討がなされなければならない。
  3.   この点からすると、そもそも裁判は、提訴時に証拠が揃っていて勝訴確実というケースは少なく、証拠の偏在、法律の解釈適用に幅があること、あるいは当事者双方にそれなりに理由や事情があることなどから、事実関係や勝敗の見通しを立てるのが困難な場合が少なくない。
     したがって、敗訴者負担制度は、仮に敗訴した場合に、敗訴者は自分の依頼した弁護士報酬に加えて相手方の弁護士報酬の二重の負担を余儀なくされることとなり、経済的弱者は訴え提起を躊躇し、また、訴えを提起された場合には応訴をあきらめることにも繋がり、逆に司法アクセスを阻害する制度となり、市民のための司法改革の理念に反することになる。
     更に、これまで、公害・環境、消費者、薬害・医療過誤、労災等の訴訟、行政訴訟、住民訴訟、セクシュアル・ハラスメントやDV被害等の訴訟などが、行政と市民、企業と個人、証拠の偏在等を乗り越え、新たな権利の確立と社会規範の創造に果たしてきた役割を考えると、弁護士報酬の敗訴者負担制度がこれらの訴訟の提起を制約することはきわめて重大である。
     さらに、敗訴者への負担の可否、あるいは負担額の決定を裁判所の裁量に委ねることは、裁判所の裁量権を不当に拡大させる危険性がある。
     すなわち、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入は、裁判を経済的弱者から奪い、経済的強者のみの制度に変えてしまう危険があり、また裁判制度本来の人権保障機能や社会の変化に対応した判例の発展や司法の活力ある法創造的機能を損なうものであって、司法制度改革の基本理念である市民に開かれた、市民の利用しやすい司法の実現には逆行することになると言わざるを得ない。
  4.   なお、弁護士報酬の敗訴者負担によって濫訴を防止しようとする意見も考えられるが、現在でも不当・不法訴訟については損害賠償責任が認められており、特別の制度は必要ではない。
  5.  また、裁判所へのアクセス拡充の要請には、提訴手数料の低額化、訴訟救助及び法律扶助制度の充実等によって、その目的を達成するべきである。 敗訴者負担制度を採用しているヨーロッパ諸国では、司法制度の違いに加え、法律扶助制度が充実し、また訴訟費用保険が国民に浸透しているなど、上記問題が解決された上でのことであり、このような社会的基盤なしに、十分な議論や検証がなされないまま、性急に敗訴者負担制度を導入すべきではない。
  6.   以上の通り、当会は弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入に強く反対するものである。

    以上のとおり決議する。

2003(平成15)年1月28日
島根県弁護士会
会長 岡崎 由美子