2006(平成18)年4月28日、政府は、教育基本法改正案を今国会に提出した。

 本改正案は、それが国会に提出されるまでの経緯、並びに、その内容について、看過できない問題点をはらむものである。そこで、当会としては、明らかに問題と思われる以下の点について意見を述べ、改正案に反対の意思を表明する。

  1. 慎重な調査・研究、国民的議論を欠いている。
     2003(平成15)年3月、中央教育審議会は、「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」との答申を提出した。
     その後、与党は「教育基本法改正に関する協議会」を設置し、2004(平成16)年6月の中間報告を経て、本年4月13日、「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(最終報告)」を公表し、政府はこれに沿って作成した上記改正案を国会に提出した。
      そもそも、教育基本法は、1947(昭和22)年3月、「(日本国憲法の)理想の実現は、根本において教育の力にまつ」(前文)との認識の下に、「日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため」、憲法と一体のものとして制定された。同法は、体裁の問題などから法律という形式をとってはいるが、憲法の理念を実現するため憲法と一体性をもった準憲法的な性格を有するものであり、そのことは、法の制定経緯からも明らかである。よって、教育基本法の改正には、憲法改正に匹敵する徹底した調査・研究と議論が必要である。
     即ち、まず、教育基本法の理念は教育現場に十分に反映されているのか、現在、「教育の問題」と言われている諸事象が果たして現行教育基本法とどのように関連しているのか、という立法事実の検証を行うことが出発点であり、それを踏まえて、法改正の要否を含めて、十分かつ慎重な調査・研究と公開の場における国民間の議論を行うことが必要なのである。
     しかるに、改正案が作成される過程において、上記検証がなされた形跡はないし、与党設置の上記「教育基本法改正に関する協議会」の議論は、中間報告の公表を除いて全く非公開で行われ、公開の場における国民間の議論がなされたとは到底言えない。  
     このような経緯で作成された改正案を今国会において提出し、成立させようとすることは、余りに拙速である。
     
  2. 改正案の内容は憲法及び子どもの権利条約に反するおそれが強い。
    1.   戦前の軍国主義・超国家主義の下では、国家によって個人の内心の自由が侵害され、それは、本来、優れて内面的な営みであるべき教育において顕著であった。
       憲法は、このような歴史に対する反省から、基本的人権として、信教の自由や表現の自由とは別に、思想・良心の自由という内心の自由を保障する明文を設けた。そして、教育基本法は、これらの基本的人権、国民主権、平和主義という憲法の原則を教育において具体化し、実現するために制定されたものである。
       加えて、これからの時代にふさわしい教育のあり方については、日本が批准した国際条約、特に子どもの権利条約や国際人権規約が示す国際準則との整合性を確保する必要がある。
        
    2.   改正案は、第2条に「教育の目標」を詳細に規定し、中でも同条第5号は、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うことを教育の目標としている。しかし、「(日本の)伝統と文化を尊重」「国を愛する」など、何をもってそういうかの定義は不明確であり、しかも、このようなものは、本来、個人の内心に関わることであって、教育の目標として法律に規定することは、国家が一定の価値意識を押し付け、憲法や子どもの権利条約が保障する個人の内心の自由、思想・良心の自由を侵害するおそれが強い。
       また、「(日本の)伝統と文化を尊重」「国を愛する」などの教育目標の規定は、日本において教育を受けている外国人の子どもの思想・良心の自由を侵害し、多民族・多文化共生の教育という世界的潮流に逆行するおそれもある。
        
    3.  現行教育基本法第10条は、第1項において「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの」とし、第2項において、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」と規定している。これは、戦前の教育行政に対する反省に基づき、教育行政は、「教育を受ける権利」(憲法第26条)とりわけ子どもが自らの人格の完成に向けて学習する権利を保障することを任務とし、教育の「内的事項」に介入せず「外的事項」の条件整備を目指すことなどを、憲法に規定することに代えて、同法に規定したものである。  
       ところが、改正案は、この条項に代えて、「(教育は)この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」であり、国は、教育施策を総合的に策定・実施しなければならないと規定している(第16条)。これは、「不当な支配に服することなく」という現行法の文言を維持しながら、一方で、法律で規定すれば、国が教育内容に広く介入することを容認するものであって、「教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的であるべき」という最高裁判例の原則に反し、また、教育の権利性を否定して、教育の目的を国による国益にかなう人材の育成へと変質させるおそれがある。
       
  3.  以上のように、本改正案は、その提出にあたって十分な調査・議論を経ているとは到底言えず、内容にも重大な疑問がある。 日本弁護士連合会は、本年2月3日付で、衆参両議院に、教育基本法について広範かつ総合的に調査研究討議を行う機関として「教育基本法調査会」を設置することを提言しているところ、当会としても、本改正案に反対し、廃案を求めるとともに、上記調査会を設置し、改正の要否を含めた、十分かつ慎重な調査・研究と国民間の徹底した議論を行うよう求める。  

2006(平成18)年5月23日
島根県弁護士会
会長 吾郷 計宜