民事法律扶助事業に対する抜本的財政措置を求める緊急決議
2002年4月24日
2000年に制定施行された民事法律扶助法は、国の責務として、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行のために必要な措置を講ずると定め、また、財団法人法律扶助協会は、その指定法人として、民事法律扶助事業の全国的に均質な遂行の実現に努め、法律扶助が国民の利用しやすいものとなるよう配慮する義務を負っている。
一方、財団法人法律扶助協会は、国に対し、2001年度、民事法律扶助事業の補助金として、59億8,000万円の要望をしたところ、国の当初の決定額は25億7,500万円弱(前年度伸び率26%)、その後の補正額2億8,000円を加えても約28億5,500万円にとどまった。
これに対し、同年度に扱った代理援助は3月末推計で2万9855件(前年度伸び率48.5%)に達し、年度途中において財源不足となり、同協会の各支部において受付窓口を閉鎖したり、当会を含む全国30以上の支部で自己破産の利用を制限したり、申込みは受け付けても扶助決定を4月以降とするなどの状況を招いた。
そこで、財団法人法律扶助協会は法務省に対し、2002年度の民事法律扶助事業の補助金として66億円余の予算要望を行ったが、内閣府及び財務省の査定を受け、要望額の半額以下である約30億円しか認められなかった。
しかしながら、30億円の国庫補助金では、2002年度も前年度と同様、財源不足のために、年度途中で再び援助申込受付を中止せざるを得ない深刻な事態となることは明らかである。
このままでは憲法第32条の「裁判を受ける権利」を実質的に保障する制度である民事法律扶助制度は破綻し、経済的弱者の司法へのアクセスが閉ざされるおそれがある。
2002年3月に閣議決定された「司法制度改革推進計画」においては、2001年6月発表の司法制度改革審議会の「意見書」を受け、「民事法律扶助制度については、対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等について、更に総合的・体系的な検討を加えた上で、一層充実することとし、本部設置期限(平成16年11月)までに、所要の措置を講じる」ことを明記し、国に民事法律扶助の拡充を求めている。
よって、島根県弁護士会は、国に対し、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障し、誰もが利用しやすい司法を実現するために、民事法律扶助事業に対する補正予算を計上するなど直ちに必要な財政措置を講ずることを強く求めるものである。
以上のとおり、決議する。
2002年4月24日
島根県弁護士会
提案理由
- 民事法律扶助法の制定と国の責務
我が国の法律扶助制度は、従来、欧米諸国に比して、その財政的規模、対象者の範囲等がきわめて小さくかつ限定的であり、憲法32条の定める国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するというにはあまりにも不十分であることから、日弁連および各弁護士会は、長年、その抜本的拡充の必要性を強く訴えてきた。
そして、近年の司法改革の動きの中で、ようやく、2000(平成12)年4月21日、民事法律扶助法が成立し、同年10月1日より施行された。
一方、1999(平成11)年7月、内閣のもとに設置された司法制度改革審議会は2001(平成13)年6月の意見書で、わが国の法律扶助制度が「憲法第32条の『裁判を受ける権利』の実質的保障という観点からは、なお不十分」と指摘し、民事扶助法の成立をふまえ「今般の司法制度改革を実現するためには、財政面での十分な手当が不可欠であるため、政府に対して、司法制度改革に関する施策を実施するために必要な財政上の措置について、特段の配慮をなされるよう求める」とまとめている。
この指摘を受け、2002(平成14)年3月に閣議決定された「司法制度改革推進計画」は、「民事法律扶助制度について、対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等につき更に総合的・体系的な検討を加えた上で、一層充実することとし、本部設置期限までに、所要の措置を講ずる」ことが明記された。
従って、国は、2004(平成16)年11月末日までに、民事法律扶助制度について財政上の措置を含む所要の措置を講じる義務がある。 - 国が民事法律扶助事業に対する抜本的財政措置を講じる必要性
国は、このたびの司法制度改革を「明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後チェック・救済型社会への転換に不可欠な、国家戦略の中に位置づけるべき重要かつ緊急の課題であり、利用者である国民の視点から、司法の基本的制度を抜本的に見直す大改革」としている。
民事法律扶助法に基づいてスタートした法律扶助制度は、この司法制度改革の過程において先行的に実施されたモデルケースであり、この制度の成否は司法制度改革全体がどのような方向に向かうのかを決定づける試金石である。 - 民事法律扶助法施行後の状況と国の予算措置
民事法律扶助法施行前後の事業及び国庫補助金の推移は、次のとおりとなっている(財団法人法律扶助協会調べ)。
(1) 民事法律扶助事業の推移
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 | ||
全国統計 |
(予定上限件数)
|
(当初希望件数)
|
|||
・代理援助 | 12,744 | 20,098 | 29,854 | 30,600 | 41,925 |
・書類作成援助 | - | 163 | 1,063 | 1,600 | 1,812 |
・法律相談援助 | 22,362 | 35,505 | 52,000 | 61,650 | - |
島根県支部実績 | |||||
・代理援助 | 73 | 98 | 134 | 131 | 150 |
・書類作成援助 | 0 | 0 | 2 | 20 | 10 |
・法律相談援助 | 34 | 52 | 110 | 255 | 180 |
(2)国の補助金の推移 (単位:千円)
平成11年度 | 平成12年度 | 平成13年度 | 平成14年度 | |
事業費 | 909,781 | 1,842,648 | 2,432,251 | 2,632,614 |
事務費 | - | 299,439 | 389,455 | 350,272 |
広報宣伝委託謝金 | 3,060 | 17,404 | 33,241 | 15,572 |
合 計 | 912,841 | 2,159,491 | 2,854,947 | 2,998,458 |
上記から明らかなとおり、2001(平成13)年度は代理援助件数の伸びが48.5%であるのに対し、年度当初の国庫補助金の伸びは20.2%増にとどまった。そのため、財団法人法律扶助協会では、平成13年秋の段階で資金難からいったん扶助事件決定を中止せざるを得ない状況となり、同年秋の補正予算において、2億8,000万円が追加され、同協会の事業は、かろうじて急場をしのぐことができた。しかし、その後も件数の伸びは顕著であり、ついに同協会は、2002(平成14)年1月、全国の50支部について援助件数の上限枠を設定する措置を講じた。その結果、島根県支部を含め、各支部では、利用を制限したり、受付窓口を閉鎖するなどの対応をとらざるを得ないという異例の事態となった。
本年度、法律扶助協会は法務省に対し、民事法律扶助事業の補助金として66億円余の要望をなし、法務省は36億円の概算要求をまとめたものの、内閣府及び財務省の査定を受け、平成14年度国庫補助金は約30億円とされ、結果として大幅に圧縮された。
しかしながら、30億円の国庫補助金では、平成13年度の事件数にようやく対応できる程度であり、代理援助の件数が40,000件に近づこうとしている平成14年度においては、早ければ秋の時点で同協会のかなりの支部で援助申込受付の中止が予想される深刻な事態となっている。
なお、代理援助事件の多くは、近年の経済的不況等を反映し、自己破産事件が急増し、これに離婚事件が続くという実情にあり、制度の周知につれ、その申し込み件数は増加の一途を辿ることが予想される。
これに対し、日本弁護士連合会・各弁護士会及び個々の弁護士からの同協会に対する資金援助、寄附などにも限界があり、指定法人たる財団法人法律扶助協会による民事法律扶助事業の運営は、極めて厳しいものとなっている。
前記のとおり、国民の裁判を受ける権利、法的サービスを受ける権利を保障するための民事法律扶助事業に対して、国がどのような予算措置を講じるかは司法改革の試金石である。
その意味で、国は、民事法律扶助事業を財政難を理由にして縮小したり、制度本来の趣旨を歪めるような事態を断じて招いてはならないし、我々弁護士会としても、これを許すことはできない。
上記に述べたとおり、現に多数の法的援助を求める国民が存在するにもかかわらず、財源不足を理由に放置することは、民事法律扶助法に定める国の責務を放棄するに等しい。
島根県弁護士会は、国に対し、憲法が保障する国民の「裁判を受ける権利」を実効あるものとし、利用しやすい司法を実現するために、民事法律扶助事業に対する抜本的な財政措置を速やかに講じるよう、強く求める次第である。