政府は,本年5月17日,生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)を閣議決定した。改正案は,一部修正が加えられた上で, 本年6月4日,衆議院において可決され,現在, 参議院で審議中である。

 改正案には, 1.生活保護の申請意思を表明した者の申請を認めずに追い返すという違法な運用(いわゆる「水際作戦」)を合法化する,2.保護申請に対する一層の萎縮的効果を及ぼす, との二点において, 看過しがたい重大な問題がある。

 まず,改正案24 条1項は,保護の開始の申請は,「要保護者の資産及び収入の状況」その他「厚生労働省令で定める事項」を記載した申請書を提出しなければならないとし,同条2項は,申請書には保護の要否判定に必要な「厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」としている。

 この点,現行生活保護法(以下「現行法」という。) 24 条1項は,保護の申請を書面による要式行為とせず, かつ, 保護の要否判定に必要な書類の添付を申請の要件とはしていない。また, 確立した裁判例(平成13年10 月19日大阪高裁判決,平成25年2月20日さいたま地裁判決等)も,口頭による申請を認めている。しかし,実際には, 全国の生活保護の窓口において, 保護の申請意思を表明した者に対して申請書を交付しなかったり,保護の要否判定に必要な書類を添付していないとして申請不受理としたりする, 前述のいわゆる「水際作戦」と呼称される違法な運用が見受けられる。改正案の内容は, このような違法な運用を追認し合法化するものである。

 改正案には,衆議院での審議により,「特別の事情があるとき」は申請書の提出や書類の添付を要件としないこととする修正が加えられたが,そもそも,原則として書面添付を申請の要件とすること自体が不当である。いかなる場合が「特別な事情」に当たるかは行政の判断に委ねざるを得ず,かかる修正により保護の申請権の行使が大幅に制限されるおそれが払拭されたとは,到底いえない。

 次に, 改正案24条8項は,保護の実施機関に対し,保護の開始の決定をしようとするときは,原則として,あらかじめ要保護者の扶養義務者に対して厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けている。また,改正案28条2 項は,保護の実施機関が,保護の決定等のため必要があると認めるときは,要保護者の扶養義務者等に対して,報告を求めることができるとしている。さらに,改正案29 条1項は,保護の実施機関等は,過去に生活保護を受けていた者の扶養義務者に関してまで, 官公署等に対し,必要な書類の閲覧若しくは資料の提供を求めたり, 銀行,信託会社,雇主等に対し報告を求めたりすることができるとしている。

 この点,現行法は, 扶養義務者の扶養は保護の要件とせず, 単に優先関係にあるものとして(現行法4条2 項) ,現に扶養(仕送り等)がなされた場合に収入認定をして,その分保護費を減額するに止めている。しかし,実務においては,あたかも親族の扶養が保護の要件であるかのごとき運用が行われている。そのため,要保護者が,扶養義務者への通知によって生じうる親族間のあつれき等をおそれ,保護の申請を断念することも少なくないのが実情である。

 改正案によって,扶養義務者に対する通知が義務化され,保護の実施機関等の調査権限が強化されることになると,要保護者の保護申請に対し,一層の萎縮的効果を及ぼすことは明らかである。

 そもそも,生活保護制度は,憲法25 条に基づくものであり,生活保護法1条は,「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し, その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。」と規定している。

 今般の改正案は, 違法な「水際作戦」を合法化するとともに,一層の萎縮的効果を及ぼすものであり,その結果,客観的に利用要件を満たしているにもかかわらず生活保護を利用することのできない要保護者が続出し,多数の自死・餓死・孤立死等の悲劇を招くおそれがある。これはわが国における生存権保障( 憲法25条)を空文化させるものであって到底容認できない。

 よって,当会は,改正案の廃案を強く求めるものである。

201 3(平成25)年6月2 1日
島根県弁護士会
会長  大野 敏之