1 2011(平成23)年3月11日に東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、「本件原発事故」という。)が発生してから、既に約2年3か月が経過した。
 
  本件原発事故は、避難対象区域に居住していた約21万人の生活基盤を根本から奪い去り、今なお、多くの人々が福島県内外において長期にわたる避難生活を余儀無くされ、本件原発事故が、人々の生活、大気・土壌・河川海洋などの環境、農漁業、観光業等の産業などにもたらした被害は、極めて深刻かつ広範囲である。しかも、被害の発生は、今なお継続しており、27年前のチェルノブイリ原子力発電所事故同様、今後、さらなる被害の長期化や、長期間経過した後に新たに発現する晩発性の被害も懸念されている。
 
 このような状況の下、東京電力株式会社(以下、「東京電力」という。)は、本件原発事故の被害者に対し、本件原発事故に起因する損害について、完全かつ全面的な損害賠償を行うことが強く求められているにもかかわらず、政府が設置した裁判外紛争解決手段である原子力損害賠償紛争解決センター(以下、「紛争解決センター」という。)が公表しているとおり、東京電力は、紛争解決センターの和解仲介の手続においてさえ、不当に認否を遅延させたり、和解先例を無視したりするなど、極めて不誠実な対応を行い、迅速・適正な解決を妨げており、このことは、被害者に紛争解決センターへの和解仲介手続の申立をためらわせる要因ともなっている。2013(平成25)年6月24日現在の紛争解決センターへの申立件数は、6875件で、うち和解成立件数は3763件に過ぎない。多くの被害者は、1.賠償基準の作成と公表が遅れたこと、2.立入禁止区域の設定等による損害の確認や証拠の確保に支障が生じていること、3.避難等の事情により、弁護士等の専門家による支援を受けることが困難であることなど、東京電力や国の責めに期すべき事情により、損害賠償請求や紛争解決センターへの和解仲介の手続の申立ができていない現状にある。
 
 しかも、民法724条前段では、損害を知った時から3年の経過をもって、損害賠償請求権は時効により消滅するところ、このままでは、2014(平成26)年3月11日の経過をもって、多くの被害者の損害賠償請求権の全部又は一部が、順次時効によって消滅するおそれがある。

2 このような状況の中、本年5月29日、「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断の特例に関する法律」(以下、「本法」という。)が成立した。その内容は、紛争解決センターへの和解仲介申立に時効中断効を付与し、和解が成立しなかった場合でも手続打ち切りの通知を受けた日から1か月以内に裁判所に訴えを提起すれば、和解仲介申立のときに訴えの提起があったものとみなすというものである。
 
  しかしながら、紛争解決センターに和解仲介手続の申立をした被害者は、2012(平成24)年末時点でわずか1万3030名に過ぎず、被害者のうちごく一部しか申立をしていない現状にある。又、上記のとおり紛争解決センターの手続では、必ずしも迅速・適正な解決が期待されない実態があることも指摘されている。さらに、時効中断効は、和解仲介申立をした損害項目に限られる可能性が懸念され、そのため、被害者がいまだ確定していない全損害項目についても申立をせざるを得ない事態になりかねない。
 
 このような事情に加え、被害が長期間経過後にはじめて顕在化する可能性などを考慮すれば、紛争解決センターへの申立を時効中断の前提条件とする本法が、実質的に被害者の救済に結びつくとは、到底いえず、結果として、被害者を切り捨てるものと言わざるを得ない。

3 そもそも、本件原発事故の被害は、3年で損害賠償請求権が時効消滅するという民法724条前段の想定する事態とは、その規模や深刻さにおいても、その長年月にわたる点においても、全く異なるものであると言わねばならない。
 
 従って、このような特異性を有する事故の被害について、民法724条前段に定める3年の消滅時効を適用することは、社会正義に反し、到底認められない。
 
 本法の決議に当たって、本年5月17日の衆議院文部科学委員会において、「東京電力福島第一原子力発電所事故の被害の特性に鑑み、東日本大震災に係る原子力損害の賠償請求権については、全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう、短期消滅時効及び消滅時効・除斥期間に関して検討を加え、法的措置の検討を含む必要な措置を講じること。」との附帯決議が、同月28日の参議院文教科学委員会においても、「東京電力福島第一原子力発電所事故の被害の特性に鑑み、東日本大震災に係る原子力損害の賠償請求権については、全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう、平成25年度中に短期消滅時効及び消滅時効・除斥期間に関して、法的措置の検討を含む必要な措置を講じること。」との附帯決議が、それぞれなされている。
 
 本件原発事故による被害の完全かつ全面的救済のためには、まずもって、損害賠償請求権が時効によって消滅してしまうことは、絶対に回避しなければならない。

4 よって、当会は、国に対し、上記附帯決議の趣旨に基づき、本件原発事故の被害者の損害賠償請求権に関して、民法724条前段に定める3年の消滅時効を適用しないこととする特別の立法措置を速やかに講じるよう、強く求めるものである。

 2013(平成25)年7月1日
島根県弁護士会
会長  大野 敏之