政府は,特定秘密の保護に関する法律案(以下,「本法案」という。)を今国会に提出し,同法を成立させようとしている。
 しかし,本法案は,以下のとおり,国民の知る権利,取材・報道の自由等に重大な脅威を与えるものであり,憲法上の諸原理とも正面から衝突する。また,国民もその内容を熟知しておらず,国会での議論も不十分な状況にある。
 よって,当会は,本法案に強く反対する。

  1. 「特定秘密」の範囲や指定条件が不明確で,政府が「特定秘密」の指定を恣意的に行えること

     本法案では,秘密として保護される「特定秘密」とは,安全保障に関する情報で,1.防衛,2.外交,3.特定有害活動の防止,4.テロリズムの防止,に該当する事項で本法案の「別表」に記載され,「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれ」(特段の秘匿の必要性)があるものとされている。
     しかし,「別表」の記載は極めて抽象的で範囲が広範であり,かつ,「特段秘匿の必要性」も内容が不明確であって,政府が,独自の解釈を行い,秘密にすべきでない情報を恣意的に「特定秘密」に指定してしまう危険性がある。
     この点について,与野党間で法案の修正協議が行われているが,たとえ,「特定秘密」の指定に関する首相の「指揮監督権」を法律に明記するという修正を加えたとしても,問題は解決されない。なぜなら,現実問題として,ある情報が「特定秘密」に該当するかどうかを首相が個別かつ厳格にチェックすることは期待できず,行政機関の判断を追認するだけに終わるおそれがあり,実効性に乏しいからである。
     よって,本法案では,政府が恣意的に「特定秘密」の指定を行い,隠すべきではない情報を隠してしまう可能性を排除できない。

  2. 「特定秘密」指定に対するチェック機関が存在しないこと

     国民の知る権利を保全するには,政府が「特定秘密」の指定を恣意的に行い,秘密にすべきでないこと隠してしまう危険性を回避することが必要不可欠であり,公正で独立した第三者機関によるチェックが必要である。
      しかし,本法案では,政府の「特定秘密」指定をチェックする機関が存在しない。
     この点も,与野党間の修正協議が行われているが,たとえ,政府が「特定秘密」の指定及びその解除等について国会に報告するとともに公表するという内容の修正を加えたとしても,なお問題は残る。なぜなら,報告及び公表の内容は,指定や解除の件数などの「概要」を報告するに過ぎず,国会が情報を直接確認し妥当性を判断するものではないため,国会がチェック機能を果たすことは期待できないからである。
     また,「特定秘密」の指定等に関して統一的な運用基準を定める際には,政府が有識者から意見を聞くこととしても,あくまで運用基準にすぎないから,十分なチェックにはならない。
     よって,本法案では,政府が,隠すべきでない情報を「特定秘密」に指定しようとしている場合,又は指定してしまった場合,その情報が本当に「特定秘密」に指定すべき情報であったかを発見・検証し,更正させるチェック機関が存在せず,政府まかせの状況であり,問題である。

  3. 指定の有効期間が事実上無制限であること

     政府の情報は国民の財産であり,国民の知る権利に資するため,「特定秘密」に指定された情報でも,適正な期間が過ぎ,秘密にすべき必要性が無くなった場合には公表すべきである。しかし,本法案では,当該指定の日から起算して5年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとしている。
     この点,修正協議において,「特定秘密」指定の有効期間は,「原則として」30年を超えないとする案も示されているが,たとえそのような修正を加えたとしても,「原則」に対する例外が何ら明らかにされていないため,政府が恣意的に「例外」として認定する可能性があるから,指定の有効期間の実効性が乏しいことに変わりはない。
     よって,本法案では,いったん「特定秘密」とされると永久的に秘密とされ,国民がこれを永遠に知り得ない状況に置かれる可能性があると言わざるを得ない。

  4. 知る権利に対する重大な脅威となること

     取材の自由は,国民の知る権利に資する重要な権利である。
     ところで,本法案は,秘密保護を徹底するため罰則規定を設け,故意の漏えいのみならず,過失による漏えい,さらには,漏えいの共謀,教唆,煽動も処罰の対象としており,処罰範囲が極めて広範である。
     更に,ある情報が「特定秘密」に指定されているか否かは外部の者には分からないため,ジャーナリストが,取材した情報がたまたま「特定秘密」に指定されていた場合,そうとは知らなくても刑事罰に問われる可能性が否定できない。このため,ジャーナリストは萎縮せざるを得ず,積極的な取材活動が出来なくなるのは明らかである。
     この萎縮効果は極めて大きいものであり,取材・報道の自由,さらには国民の知る権利に対する重大な脅威である。

  5. 両議院への「特定秘密」提供が制限的であること

     両議院は,憲法62条により国政調査権を与えられ,外交や防衛,対テロ対策問題などを含む国政全般について調査を行う権能を有している。
      しかし,本法案では,各議院又は各議院の委員会若しくは参議院の調査会への「特定秘密」の提供に関し,秘密会ないし公開の停止の要件を設けている。そして,提供を受けた「特定秘密」について,国会議員は,他の国会議員や政策秘書等にこれを開示して検討することも刑事処罰の対象とされる。これでは,両議院が国政調査権能を十全に行使することができず,国会による行政へのチェックが十分に果たせなくなることは必至である。ゆえに,本法案は,民主主義を根本から否定するものと言わざるを得ない。

  6. 結論

     以上により,当会は本法案に断固反対する。

 

2013(平成25)年11月21日
島根県弁護士会
会長 大野 敏之