共謀罪法案(以下、「旧法案」という。)は、2009(平成21)年までの間に3度提出されたが、国民の反対によりいずれも廃案となっている。旧法案における共謀罪は、個人の行為ではなく意思や表現を処罰するものであり、犯罪意思だけでは処罰しないとする近代刑法の基本原則に反し、それのみならず、意思形成段階を処罰の対象とすることにより、国民の思想信条の自由、表現の自由、集会・結社の自由などの憲法上の基本的人権を侵害する危険性が極めて強いものであった。

 ところが、政府は、テロ対策の一環として新たな法案(組織的犯罪処罰法改正案、以下「新法案」という。)を通常国会に提出する方針であると報道されている。報道によれば、新法案は、「組織犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」を新設し、その略称を「テロ等準備罪」とした。また、旧法案において、1.適用対象を単に「団体」としていたものを「組織的犯罪集団」とした上で、その定義について、「目的が長期4年以上の懲役・禁錮の罪を実行することにある団体」とした。さらに、2.犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとし、その処罰に当たっては、計画をした誰かが、「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為が行われたとき」という処罰条件を付したとされている。

 しかしながら、1.の点についていえば、「組織的犯罪集団」の要件は曖昧であるし、その認定は捜査機関が個別に行うため、適法な活動を目的とする団体(一般の民間団体や労働組合)であってもその活動の評価によっては、組織的犯罪集団とされてしまう可能性があるなど拡大解釈の危険性がある。現に、法務省は、「正当に活動する団体が犯罪を行う団体に一変したと認められる場合は、処罰の対象になる」との見解を明らかにしている。

 対象となる犯罪類型は、旧法案と同様に国際組織犯罪防止条約を前提とすれば、長期4年以上の罪をすべて対象にしなければならず、600を超えるとされているが、テロ対策として600以上の犯罪類型の計画(共謀)の処罰が必要とは考えられない。本年2月17日付の報道によれば、対象となる犯罪類型を277に限定するとのことである。しかしながら、これは、国際組織犯罪防止条約を批准するためには長期4年以上の罪をすべて対象にしなければならないとする従来の政府答弁と矛盾する。

 対象となる犯罪類型を300程度にしても、犯罪実行の合意だけで成立する共謀罪は、人権保障の観点から法益侵害に向けられた具体的危険性のある行為を処罰し、原則として犯罪の実行行為を行い結果が発生した場合を処罰するという我が国の刑事法の基本原則に反し、現行刑法の体系を根底から変容させるものである。

 また、2.の点についていえば、新法案の「計画」は旧法案の「共謀」の言い換えにすぎない。また準備行為は処罰条件にすぎず、しかも「資金又は物品の取得」が例示されていることから分かるように、具体的な結果発生に向けられた行為とはされていない。そのため、単なる預金の引き出し行為など日常行われているような行為が準備行為とされる危険があり、これも処罰範囲を限定する効果を持ちうるか疑問である。本年2月22日付の報道では、「準備行為」について、条文で「資金または物品の手配、関係場所の下見その他」と規定する方針と報道されているが、「その他」という文言は無制限に解釈が広がる恐れがあり、限定にならない。

 即ち、新法案は、旧法案の名称と要件を変えたと言いながら、これまで3度も廃案となった旧法案と共謀罪のもつ本質的な危険性の点において何ら変わるところがなく、同様に国民の自由と権利が脅かされるおそれがあるというべきである。

 当会は、いわゆる共謀罪は、基本的人権を侵害し、捜査権の濫用を助長するものとして、2005(平成17)年8月5日、2006(平成18)年5月17日及び2015(平成27)年3月31日に、その問題点を指摘した上で、法案に反対する会長声明を発しその危険性を訴えてきており、そこで指摘した問題点はそのまま今回の新法案にも妥当する。

 よって、当会は、新たな共謀罪法案の国会提出には断固反対であることを重ねて表明する。 

2017(平成29)年2月27日
島根県弁護士会 会長 安藤 有理