政府が3月8日に国会に提出した人権擁護法案に対し、島根県弁護士会は、次の通り、意見を表明する。

  1.  今回政府が提出した人権擁護法案においては、人権救済機関として設置される人権委員会は、独立行政委員会とされるものの、法務省の外局とされ、法務大臣が所轄する上、必要十分な専任職員を置かず、その事務を地方法務局長に委任するものとされている。
     これでは、過去に人権侵害を繰り返して来た入国管理局、刑務所及び拘置所、並びにこれらの人権侵害に関する国家賠償請求訴訟の代理を務める訟務部を所管する法務省の強い影響下に置かれることとなり、政府からの独立性が確保できず、政府による人権侵害が救済されないおそれがある。   
     また、中央にわずかな数の人権委員を置いたとしても、各地方における人権擁護活動の実効性は保障されない。
     日本政府は、1998(平成10)年11月には、国際人権(自由権)規約委員会から「警察や入管職員による虐待を調査し、救済のため活動できる法務省などから独立した機関を遅滞なく設置する」よう勧告された。しかるに、今回の法案による人権委員会は、この勧告に明白に反している。
     そして、日本政府は、同規約委員会への個人通報制度を定めた選択議定書を未だに批准していないが、このように国家から独立した国際的人権救済機関に対しても忌避的である日本政府の態度は、本法案の人権委員会の致命的な欠陥と軌を一にしていると言わざるを得ない。
  2.  人権擁護法案において、労働分野での女性差別や退職強要・いじめ等の人権侵害については、厚生労働省の紛争解決機関に委ねてしまい、特別人権侵害調査などの権限は、厚生労働大臣(船員は国土交通大臣)にあるものとされ、この分野における救済機関の独立性は全く考慮されていない。
     現行の都道府県労働局長による指導・助言や紛争調停委員会によるあっせん・調停は、人権侵害被害者の視点に立っておらず、人権救済のための実効ある役割を果たしていないとの批判がある。
     労働分野を人権委員会から切り離す理由はなく、これらについても救済対象に含めるべきである。
  3.  政府からの独立性の保障されていない人権委員会が、報道機関に対して調査を行い、取材行為の停止等を勧告する権限を有することは、報道機関の取材・報道活動を規制して行政の監督下に置き、政府に批判的な報道に対する事前検閲に道をひらく可能性がある。ひいては、民主主義社会の基盤である市民の知る権利を侵害するおそれが強い。
     また、報道による人権侵害として救済の対象となる基準が明確性を欠けば、恣意的運用を招き、報道の自由の制限に歯止めがなくなることも懸念されている。

   よって、島根県弁護士会は、政府からの完全な独立性を有する人権救済機関の設置を求めるとともに、労働分野をも含め広く人権侵害を救済対象とする一方、報道や表現の自由ひいては市民の知る権利を侵害することのないよう、法案の見直しを求めるものである。    

2002年5月28日
島根県弁護士会 
会長  岡崎 由美子